2016年10月23日

日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた

B019DANJX2日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた (角川書店単行本)
嶌 信彦
KADOKAWA / 角川書店 2015-12-25

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ソ連四大劇場の一つとされたオペラハウス、ナボイ劇場。いまもウズベキスタンの誇りとなっている壮麗な劇場を建てたのは、シルクロードに抑留された、若き日本兵捕虜だった。大地震にも耐えた堅牢な造り、美麗な内装。彼らの誇りと意地をかけた仕事は、収容所長をはじめ、現地の人々の心を動かし、語り続けられ、日本人伝説となった。シルクロードに伝説を刻んだ男たち。その埋もれた偉業が、いま初めて明かされる!!

終戦直後、捕虜になった日本兵たちがシベリア収容所送りになる史実は誰もが知るところ。極寒のなかで大勢の日本兵たちが死んでしまう収容所ばかりかと思っていたら、意外にもそうでない収容所があったというのがまず驚きでした。
彼らは工兵として従軍していたため、手先の器用さと図面が描けることを生かし、壮大で華麗なオペラ劇場を建設します。その作りは繊細にして頑丈で、大地震があったときまったく崩れなかったという、逸話があるほど。ウズベキスタンの人々は今でも、その劇場を誇りに思い、建設に従事した日本兵たちを尊敬しているといいます。

しかし当時のソ連だけあり、民主化という名の思想改造があった話もありました。そのなかで共産思想に染まった日本兵の一部が、仲間たちを裏切って告発するという状況になったのは、近くにあるほかの収容所。さいわいにも、劇場建設をしていた収容所には、温和ながらとても冷静かつ公平で肝が座ったリーダーがいたため、思想改造のごたごたもなかったといいます。

そのかわり、ひもじくてつらい生活に楽しみを見出すために、将棋や麻雀といった娯楽アイテムを手作りしたり、楽器まで作ってついには地元やソ連兵たちと演劇の祭りを開いたそうです。
そのときの友情が日本に帰国したあとも続き、ラーゲリ会――いわゆる同窓会を年に一度しました。集って、当時の思い出を語り合ったとか。
しかしのどかに見える収容所生活ですが、あくまでオペラ劇場を建設したその収容所だけが特別であり、シベリア等の収容所の捕虜たちは、帰国しても同窓会などしなかったといいます。それだけ過酷だったのでしょう。

前半は当時の満州について書かれ、簡単に歴史を知ることができます。だから前知識がなくても読みやすい内容です。
ただ、エピソードがもう少しあってもよかったな、というのもありました。あっさりとどんどん進んでいくので、少々物足りなかった。読みやすくするためにあえてそうしているのかもしれませんが。
だから専門書というより、一冊の読み物として読めばいいと思います。

もし過酷な捕虜生活を知りたくなったら、下記の漫画がとてもわかりやすくてよいです。
新装版 凍りの掌 シベリア抑留記 (KCデラックス BE LOVE)
新装版 凍りの掌 シベリア抑留記 (KCデラックス BE LOVE)
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2014年03月01日

完訳 紫禁城の黄昏 上下巻

439631468X完訳 紫禁城の黄昏(上) (祥伝社黄金文庫)
R F ジョンストン 渡部 昇一
祥伝社 2008-10-10

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本書は、満洲人でも日本人でもないスコットランド人のジョンストンが、皇帝溥儀の家庭教師という客観的な第三者的立場で、外部者には見えない当時の満洲王朝の内情を直に見聞した記録であり、貴重な証言である。

わが半生―「満州国」皇帝の自伝 上下巻を先に読んでいたのもあり、内容的に目新さはあまりありませんでしたが、帝師(家庭教師)のイギリス人から見た、少年皇帝の素顔を知ることができました。
溥儀自身は「私は我儘に育った」と書いてましたが、ジョンストンはその逆で「皇上は温和で寛大な心を持った賢い少年」と記しています。籠の鳥のごとく、紫禁城から出られなかった皇帝は、外の世界を見聞することを切望していました。

以前から、新聞や雑誌を取り寄せては、国内外の出来事を熱心に知ろうとしていたそうです。そして、帝師ジョンストンがやってきてからは、英語を学び、さらに見聞を広げます。あと、ひどい近眼のために眼鏡を作らせたり(ほかの臣下らは、皇帝の変化をひどく嫌っていたため眼鏡をかける、という思いつきすらしなかったらしい)、自転車を寄越して城内を走らせたり(いつも籠に乗っていたから運動不足)と、皇帝を近代化させることに腐心しました。
臣下らは、あくまでも自分らの食い扶持を守るために、シンボルとしての皇帝を大切にしていたのであって、人間として見ていなかったのですね。しかし、異邦人でしかも当時、最も進んでいたイギリス出身のジョンストンにしてみれば、それらはひどく旧く、不自然に映ったのです。

少年皇帝はお茶目な面もあって、城の屋根に登って写真を撮ったり、偽名で漢詩を投稿したり――いくつもの作品が掲載されたほど、出来栄えが素晴らしかったとか。

だけど、周囲にいる宦官や官吏たちは私腹を肥やすことに腐心しており、こっそり城の宝物を売り飛ばしていたというんだから、日本では考えられません。国宝級の壺や絵画を個人が勝手に持ち出し、帳簿は嘘満載。皇帝だけでなく、皇族は経理等、生活に関する部分は関知しないのが当時の常識だったのも腐敗の原因でした。
以前から臣下らの腐敗ぶりに胸を痛めていた皇帝はジョンストンと、何度もこっそり打ち合わせし、ある日、突然、抜き打ち検査をするということに。
すると深夜、宝物が収められている宮殿が放火に遭い、全焼。結局、財産がどれぐらいあるのか把握できず、悔しい結果に終わりました。

清國が滅び、3歳で廃位した皇帝ですが、中華民国は不安定で、共和国から再び帝国に戻そうという動きがあった時代だったのも意外でした。当時のことを書いた書物は、ほとんどが共和国万歳、という雰囲気たっぷりですから。そのギャップはなんだろうか、と。
とくに皇帝を復位させようと躍起になったのが、張作霖。彼は独特のカリスマの持ち主で、馬賊という出自にも関わらず、満州をまとめます。
しかし、部下である馮玉祥に裏切られ、皇帝は紫禁城を追い出されてしまいます。張作霖の野望はそこで潰えてしまい、後年、体制を立て直すため、満州へ向かう途中に爆殺されたのは有名。

いっぽう、皇帝は信じていた漢民族に裏切られたという思いもあり、外国へ庇護を求めます。しかし、ドイツ、イギリス大使館が良い顔をせず、唯一、一時的に受け入れたのが、日本。
が、日本側も公式ではなく、あくまでも中将の個人的判断にすぎず、天津疎開へ避難しているあいだ、日本側も遠まわしに他国へ庇護を求めるよう、打診していたのが驚きです。
ほかの書物だと、満州国建国の野望のため、溥儀氏を庇護したのだとあるから。(しかしどれが真実かは不明。あくまでも本書での話)
なんかそのあたりがどろどろしていて、元皇帝の扱いに困っていたのはどこも同じだったようです。国際問題に深く首を突っ込みたくなかったのでしょう。

皇帝が満州へ帰郷した三年後、引退したジョンストンは故郷で亡くなるのですが、最期まで皇帝との厚い友情は変わらなかったというエピソードが、彼の人柄をよく表しているな、と思いました。
posted by 夏 at 22:02 | TrackBack(0) | 東洋史・他歴史 | 更新情報をチェックする

2013年06月29日

マンチュリアン・リポート

4062775042マンチュリアン・リポート (講談社文庫)
浅田 次郎
講談社 2013-04-12
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昭和3年6月4日未明、張作霖を乗せた列車が爆破された。関東軍の暴挙に激怒した昭和天皇の密命を受けて、若き軍人が綴った「満洲報告書」で明かされる「真相」とは?該博な知識と丹念な取材に裏打ちされた浅田史観で、闇に葬られた昭和史最大のミステリーを追う。絶好調『蒼穹の昴』シリーズ第4部開幕。

シリーズ最終章(かと思ったけど、解説には次回作も期待とあった)?。中原の虹で語られなかった、張作霖のその後――有名な列車爆破事件が軸となってレポート形式で語られています。
語り手は不敬罪で牢獄に入っていた若き中尉、志津。彼はなんと昭和天皇の密命で、満州へと旅立ち、事件の真相を探るという出だしでした。

初めはすごくワクワクしたけど、いきなり蒸気機関車「公爵」が語り出して、びっくり。西太后を一度だけ乗せた英国製御料車の口調が貴族を意識していて笑えました。シリアスなはずなのに、列車というギャップに好みがわかれるかもしれません。アイデアとしてはいいけど、物が語るのが個人的に興ざめです。SFならわかるんですけどね、時代物だから違和感ありすぎて……。

あとレポートで爆破事件の真相が……と期待してたんですが、結論が知られているとおり関東軍の策謀そのまんまなのもちょっと残念でした。意外な展開を期待しすぎてしまった。
そのぶん、シリーズの必須アイテムになっている龍玉の存在が、うまく史実と絡み合わせているのが素晴らしいです。ちゃんと辻褄があってる。そして、その龍玉の新たな持ち主である張学良の人生が語られるのかもしれないですね。続編があれば。

ファンの方には申しわけないですけど、続編は期待していません。中華民国から共産国へと変貌していき、そして文化大革命に現代……と続いていくのでしょうが、その中国をよい意味で中華と呼ぶには、問題多すぎな大国です。龍玉を抱いたものが英雄というのなら、文化大革命の扱いはどうなるんでしょうかね?
当時の覇者を無理やり英雄扱いする描写はあまり読みたくないです。
あと、なぜ作者が張作霖にあれだけ惚れ込んでいるのかも、伝わってこないのもあります。馬賊を英雄扱いするお国柄に違和感を拭えないから。

最終章であの予言者、サマンが出てきます。乾隆帝の御代から生きているというお婆が、まさかラストで活躍するとは予想外でした。年齢はとうに100歳超えているはずだし、いったい何者なんだろうか(笑)
posted by 夏 at 20:59 | TrackBack(0) | 東洋史・他歴史 | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

西太后―大清帝国最後の光芒

4121018125西太后―大清帝国最後の光芒 (中公新書)
加藤 徹
中央公論新社 2005-09
【送料無料】楽天ブックス
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内憂外患にあえぐ落日の清朝にあって、ひときわ強い輝きを放った一代の女傑、西太后。わが子同治帝、甥の光緒帝の「帝母」として国政を左右し、死に際してなお、幼い溥儀を皇太子に指名した。その治世は半世紀もの長きにわたる。中級官僚の家に生まれ、十八歳で後宮に入った娘は、いかにしてカリスマ的支配を確立するに至ったか。男性権力者とは異なる、彼女の野望の本質とは何か。「稀代の悪女」のイメージを覆す力作評伝。

これはとっても面白かった。そして内容が濃いのにすごく読みやすかったです。近代中国を扱うとかなり複雑なので、どうしても難しくなってしまうんですが、これはわかりにくいだろうポイントを噛み砕いて書かれているためかもしれません。

稀代の悪女として知られる、西太后。なぜ彼女が悪女として歴史に残ったのかは、本書を読めば理解できます。
たしかに贅沢三昧したり、気分屋で息子や甥の妻を間接的とはいえ、死に追いやったりと、悪女そのもののふるまいも多いのですが、それぞれ西太后なりの考えがあったためです。
食事はいつも百品以上用意させ、そのうちの数皿しか手を付けないのも、官女や宦官におこぼれにあずからせるため。もともとそれを勘定して歴代の皇帝たちは晩餐を作らせていたのです。そのおこぼれにあずかれた恩(というか利益)によって、下々の者たちは皇帝や皇后に仕えたのでした。

庭園や離宮を造園させたのも、工事によって莫大な銀を市場へ流通させることができたから。当然、工事にたずさわる人々にも、その利益が懐に入ります。
西太后が豪勢な暮らしをすることで、下々の民たちは清朝に従うのが中国らしいというか。あの人はまだまだお金持ちだから、ついていけばおこぼれにあずかれる――という価値観。
だからそのおこぼれがなくなったとたん、家臣だけでなく民衆も清朝にそっぽを向いて、辛亥革命が起こったのです。

息子の同治帝や甥の光緒帝の后妃たちを自殺へ追いやったのも、彼女らがいることで宮廷内の政治が分裂するからです。皇帝の妻という立場はとても強く、未亡人になった后妃を盛り立てて政治を動かそうとする野心家を生み出さなため。
無用な争いを避けることで、権力を握りしめた西太后ですが、そのじつ、政治からは手を引きたかったのが意外。決して野心家だったためではなく、自分が政治をしないと国が傾いてしまうという危機感からそうさせたようです。それだけ息子が頼りなかったし、幼帝だと政治ができないから。

しかし成長した甥の光緒帝はいいのか悪いのか、伯母である西太后の血を引いて聡明だったため、やがて対立してしまいます。そして、維新派の漢人に炊きつけられてしまい、国の刷新を決行――しようと勅令を発布するも、役人たちは西太后につくか光緒帝につくかを秤にかけ、静観。皇帝の命令だというのに、効力無し(苦笑) 義心よりも利益優先というのが中国らしいです。
ついに業を煮やした光緒帝は、西太后を暗殺しようとするのですが、袁世凱の裏切りによって失敗。そして幽閉され、病死してしまいます。このあたりのエピソードは、蒼穹の昴や続編の中原の虹にあった記憶が。小説だとふたりは本当は仲が良いのに、清朝存続のためにあえて幽閉した、とあったけど、そのあたりの人情描写は創作だったようです。

それでも西太后のひととなりは、本書からの影響が多大だったのでしょう。これを読むと、好き嫌いが激しくておしゃれ大好きだけど、かなりの切れ者のおばちゃん、というイメージですから。案外、中味は女性的。皇后としての地位にこだわる部分もそうです。
だからこそ、社会情勢というか世界の情勢に疎い部分もあって、西洋化を政治権力に利用できたのかもしれません。西洋化を推進したい一派と、保守化を望む(ゆっくり西洋化したい)派を戦わせた晩年の政治手腕は見事です。

まず維新派を味方につけ、保守派を失脚。やがて維新派の政治がうまくいかず、民衆の反感を買ったところで保守派が、再登場。維新派を捕らえて処刑させ、民衆の圧倒的指示を得て、カリスマを得る。それが西太后のやり方でした。
臣下を失脚させるのも、権力を集中させないため。そしてべつの臣下を失脚させたら、以前、失脚させた臣下をまた政治に参加させるのが中国らしい。現代でも民衆から不評の大臣を失脚させて、そのあとまた平然と再登用させるのがその名残。つまりは権力者の支持率をアップさせ、民衆のガス抜きもできる政治手法です。

その他にも皇帝が嫁を選ぶ選考女の制度や、東太后のしたたかさ、同治帝の弟である賢い恭親王の存在(彼が皇帝に選ばれていたら、西太后はただの貴妃で生涯を終えていたかも)、妹が嫁いだ醇親王家への愛憎、光緒帝と伊藤博文の謁見をこっそり御簾から聞いていた西太后のエピソード、などなど。

興味深く面白い内容がこれでもか、とページに詰まっていました。それほどの良書が、新書で手軽に読めるのもすばらしいです。とくに蒼穹の昴を読んだ方におすすめできますし、清朝に興味がなくても文章が平易なので楽しめると思います。

西太后の美しさ(アンチエイジング)の秘訣【悪女というよりおばちゃん】にて古写真や日用品をまとめています。
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posted by 夏 at 21:37 | TrackBack(0) | 東洋史・他歴史 | 更新情報をチェックする